その気がなかった。いかに彼等に好意を持ってはいても、「年中桜が咲く島」の女として、子供がバチを拈《ひね》るように玩具にされることは堪らない。彼等の好奇心は、何の悪意がなくとも、ときには不愉快を圧えきれなくなるほど濃厚である。ユダヤ人だからではない、すべてこちらのあまり教養のない人間はそうなのである。
それ故私の無干渉主義は、立ち入った一度の交渉なしに今日まで進んで来たのである。
ところがちょうど昨夜、もうかれこれ十時近い頃であったろう、二階へ誰か女が訪ねて来たらしい様子がした。何かしきりに相談でもしていると見えて、開け放した階子口《はしごぐち》の戸を通して聞える声は、珍らしく真面目である。けれども、何を話しているのか内容は分らない。ただ空気を截《き》って虫が飛ぶように、ヒッシュヒッシュという力強い語尾だけが、連続した断音となって鼓膜を打つのである。
かなり男性的な抑揚をぼんやりと耳にしながら、仕事を仕続けていると、前から聴いていたのだろうGが突然、
「おや、あの人達はまた誰かに部屋を貸すんですね」
と云った。
彼の拾い集めた断片によると、下のユダヤ人の母親は、借りた二階のどの部
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