ワーッ! と鬨《とき》の声をあげて、彼方の空へとひた走りに馳け上ってしまう。
まるで気違いのようにあっちの隅から、こっちの隅まで馳けずりまわる雨の轟《とどろ》きに混って、木が倒れたり瓦が砕けたり、どこかの扉がちぎれそうに煽られたりする音が聞えて来る。
折々青い火花をちらして明滅していた電燈は、もうとっくに消えてしまったので、蝋燭《ろうそく》をつけると、一あて風がすさぶ毎に、どこからか入って来る風がハラハラするように焔を散らす。
やがてその蝋燭も消えてしまった。真暗闇のうちで私はすくむような心持になりながら、黙ってはいるが気味の悪いに違いない弟の手を握って、堅唾《かたず》を飲んで坐っていた。
生れて始めて、こんなにひどい嵐に遭ったので、私はほんとうに度胆《どぎも》を抜かれて、何を考えることも思うこともできないような心持になった。
ただ怖《こ》わいというだけをはっきり感じながら、小さくなっていると、いつともなくまるで思考の対照を失っていた心のうちに弟のことがズーッと拡がり出した。
それも、彼のどのことを考えるというのではなく、彼――道男――という名によって総括されている彼全体の
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