らそうと努力する意志が強いにも拘らず、心のかなり大部分は、それを肯定するような傾向にあるのを知ると、なおさら恐ろしいような妙な心持になってしまった。
そこでは、否定する意志と、肯定したより広い何物かは、もう対立という関係を破っている。
静かに落着いた、そしてかなりまで澄んだ何物かが、動かすべからざることとしてそのことを肯定している前で、まるで脳味噌のない侏儒《しゅじゅ》のような否定が、哀れな、けれども彼自身としては死物狂いの大騒動をしているようにさえ感じたのである。
けれども自分は、天にも地にも三人きりほかいない弟達の一人である彼の、生命に関しての予言を得るほど、精錬され、白熱されたものとして自分の魂を自信することは、とうてい出来なかった。
それはあまりに大事すぎる。ちょっとでもそんな風に考えてみるのさえ、自分としては大それたことだと感ぜずにはいられなかった。
彼にも、父や母にもすまないような心持になりながら私はどうしても消えない妙な心持と苦しい争いを続けた。
二
翌朝になって、熱が七度台に落ちた。けれども、また直ぐに元ぐらいまで昇ってしまったので、私共の喜びもほんとうの糠《ぬか》よろこびになった。
医者が来て、「腸胃熱でなければ、この頃はやっている、無名の熱かも知れません、もう少し様子を見ましょう」と云って心臓のためにジガレンを調《ととの》えてくれた。
私が十六の夏にやはり訳の分らない熱をまる一月出しつづけた。そして、まるで夢中になってしまったことさえあってもこうやってすっかりなおったばかりでなく、病気以前と比較するとすべての生理状態が良くなっているから、「道っちゃんもそうなのだろう」と、云うものもあった。
「おかあさま、心配するのをお止めなさい」
と家じゅうの者が、あまり心を遣《つか》っている母を慰めた。
母は非常に、全く驚くほど心配していたけれども、ふだんいい体格なのだから、手当てがよくて病名さえきまれば、自分の愛情だけでも恢復させずには置かないぞ! という意気込みと自信とがあるらしかった。
そして、一週間ほど前に、「あぶないからおやめ」と注意したにも拘らず、彼が冷肉の添物のサラダをたくさん食べたという事実を知ったとき、彼女の心には或ることが閃いたらしかった。
「今度はなかなか戯談《じょうだん》ではすまないよ。熱の質が気
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