出ている。みや子は、うっかり黙り込んだ自分を見出し、元気をとりなおして新たに話の緒を見出した。彼女は気候の話から、子爵夫人に旅行をすすめた。
「これから関西はさぞよろしゅうございましょうね。晨子さまの御仕度かたがたお揃いで京、大阪にお出かけ遊しませ。――よいお思い出でございましょう」
「それほどに致しませんでも、これで暫くところが変りますとね。当分はそれどころでもござりますまいが。――けれど、あいにくこれといって手頃な別荘もございませず……」
 みや子は訝しげに夫人を顧みた。
「沼津の御別荘は――お手入れでいらっしゃいますか?」
「ああ、あれはもう昨年から参りませんのですよ。追々手離す所存でございましょう。小田原に小さい家がございますが、これはまた昨年の地震で滅茶になりましてね」
「さようでございましたか。……」
 みや子は、何故か二三度せわしく瞬きをした。今迄ぼんやり部屋中を見廻していた彼女の瞳の奥に活々と集中した輝きがとぼった。彼女は愛嬌よく訊ねた。
「失礼でございますが、あの沼津の方はどなたかの御懇望でございますか?」
 夫人は、ひとりごとのように説明した。
「いいえ、子爵の気ま
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