に苦情がなく、晩餐の白葡萄酒が稀に美味なものであったというばかりではない。日下部太郎はつい先頃、高畠子爵の二十六になった長女を、伊勢の豪家へ縁付ける媒酌をした。三日ばかり前に正式の結納が取り換わされたところであった。当時、高畠夫妻にとって、その未婚の長女は何より苦労の種であった。長男の妻となるべき令嬢は定っていた。昨年学習院を出たばかりの次女の縁談さえ名望ある青年貴族との間に整ったのに、屡々《しばしば》社交会にも引出し、それとなくよい候補者を物色しつづけていた長女の行末ばかりは何とも見当が付かずに遺された。晨子は、静かな、おっとりした何でもひとまかせな性質であった。はっきりした欠点は一つもない代り、紹介する時とり立てて相手の興味を牽《ひ》くような何ものをも持たなかった。上品でこそあれ、彼女の容貌もごく十人並であった。父の高畠子爵が夫人に向って、
「あれは幾つになっても無色透明だな。あれでもよしわるしだ」
と述懐した、その通りの娘なのであった。どうかして、難しい小姑という地位に置かれないうち、自分だけ幸福に見すてられたと妹の島田を見て思わないうち、晨子の運命を明るくしたいという親心を、日
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