藁を打ちながら、頭を動して笑い、
「ウウウウウ」
と挨拶した。ぬいは、まるで困った気持でお辞儀をしながら赧くなった。ぬいは、口の利ける者とばかりつき合うのに馴れているので、清二のように評判の悧巧者で、あんなに髪を分けた立派な成人《おとな》の男で、而も唖の人に、どんな風にしていいのかいつも困るのであった。
清二のおふくろが、ちょいちょい指で手真似をしながら、ぬいの用向きを伝えた。清二は、眼で、この子の家《うち》か? と訊きながらぬいを指さした。ぬいは力を入れて頷いた。清二は、頬ぺたの瘠せた笑顔で手つきをした。
「もう直ぐこの仕事がすむから、そしたら行きますとよ」
「じゃあ、どうぞ」
ぬいは、ぱたぱた杉垣をかけ出し、野道ではゆっくり歩きながら、清二が一緒に来なくてよかったと思った。ぬいは、彼がこの春、草履屋から逃げて来たときの話を聞いた時から、しんでは深く彼に同情していた。清二は、草履屋の主人が人並の賃銭を自分だけに決して払ってくれない上、何か悪い病気持ちの朋輩と一つ床に寝なければならないのがいやでとうとう帰って来たのに、口が利けないからよくその気持が通らず、ただの我儘と思われ二度も親
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