]は、踏台に立ったまま、胡桃《くるみ》割りをしている母親に声をかけた。
「この時計――どうかなっちゃった」
「なして」
「動かないもの――ちゃんと――ぼけたのね」
呑気に、尖の折れた帳綴じで胡桃の実をほじくっていた母親は、むきに、
「そんなことあるもんでない」
と立ち上った。
「どれ、もう、こりゃ二十年もこわれずにここに掛っていた時計だもん、そういきなり駄目になるこってないわな。どれ、降り、私がやって見る」
母親は、小学校というものもなかった時分に育った婆さんだから、高等小学を出たぬいより、機械なんかいじるのはもっと下手であった。ただ力はあるから、りきんで、ねじを逆に廻そうとなどする。
「ああ駄目だわ、母さん、発条が切れたら大変だよ」
「何としていいか。これは困ったな――ああ、ぬい、一走り清ちゃんとこさ行ってこ。きっといるから。あの子なら、訳はあるまい、ついこんないだ、小形屋の蓄音器をすっくりほごしてまた鳴るようにしたってもの」
ぬいは、気がすすまないながら、絣の前掛をはずして、野道を、半町ばかり北よりの清二の家まで迎いに行った。清二は戸口で藁打ちをしていた。ぬいを認めると、彼は
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