の出してないのに心付き、私は火鉢を彼の近くに押してやった。
 彼は
「いや、どうも」
と云い乍ら、こごんで巻煙草に火をつけ、一ふきふかすと、直ぐ
「其じゃあ失礼致しましょうか」
と云い出した。
 煙草を出すところから、火をつけ終るまで、悠くりした心持で見て居た自分は、突然そう云われた刹那、火をつけたばかりの煙草をどうするのだろう、と云う疑問を感じた。迂遠な私は、落付いて一休みして行く積りなのだと思って居たのであった。
 面喰い、猶も同じ疑問に拘泥して居る間に、彼は、薄平たい風呂敷包みを持って立ち上った。そして、片手の指には、火のつき煙の立つ煙草を挟んだまま、両足を開いて立ち、
「失礼しました。左様なら」
と云う。私も立って
「左様なら」
と云った。もう少しで、
「一服つけて御出かけと云う処ですか」
と云うところであった。

 出て行った音をきき乍ら書斎に入り、私は何と云う無作法な男かと思った。文学を遣ると云ったのを思い出し空恐ろしい気もする。
 夜中に見た夢が悪かったのか、男が余りがさつであった為か、私の気分は愈々悪化した。



底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   
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