ないけれど。――私困るわ。――返事位少し沢山したってれんを置いて下さればいいのに。……あの人もあの人ね。私に云うと止められるものだから、まるで狡いわ。ただ行って参りますって云うんですもの」
さほ子の声が次第に怪しく鼻にかかり、口先の慰撫が困難になって来ると、彼は、そろそろ自分の所業を後悔し出した。
「いや全く、いくらはいはい云おうとも、いないには増しに違いなかったろう。葉書で呼びかえすかな。然し、又、あれに攻められるのはやり切れないが」
彼等は、おそい昼飯を至極技巧的な快活さに於て食べた。――彼は、出来るだけ愉快な心持で善後策を講じる準備に、体は動せない代り、能う限り滑稽な話題で彼女を笑わせようとした。彼女は良人の仕うちが癪にさわり、憤りたいのだけれども、話されることが可笑しいので、笑うまい笑うまいとしてつい失笑するのであった。
昼餐の時は其でよかった。けれども、もっと皿数の多い、従ってもっと楽しかるべき晩食《ばんめし》になると、彼は殆ど精神的な疲労さえ覚えた、猶悪いことには生憎これが降誕祭の晩ではないか。
縞の小さいエプロンをかけた彼女が食器を積んだ大盆を抱えて不本意らしく台
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