るシクラメンの鉢を見ながら此様な事を考えていた時、彼方の廊下で激しく電話のベルが鳴り渡った。
 れんがとり次いでいる声がとぎれとぎれに聞えた。程なく、彼女は、室の内側に開く扉《ドア》のかげにはりついたような形をして首だけ彼に向けながら
「依岡様からお電話でございます。あの――」
 何故か、れんはこの時総入歯の歯を出してにっと笑った。
「旦那様の御加減はいかがでございますかと仰云ってでございます。そして、若しおよろしいようなら、今日は折角でございますから奥様だけでも是非おいで下さいますように。一年にたった一度のクリスマスで――」
「一年にたった一度のクリスマス!」その一句は、異様に彼の神経を刺戟した。まるで、その一度きりの日にさえ、妻の外出を止めるお前は良人なのかと云う詰問が含まれてでもいるようではないか。依岡の女中が一年にたった一度のクリスマスなんかと云うものか、この婆さん!
 彼は、真白い、二つ積《がさ》ねの枕の上に仰向いたまま云った。
「一年に一度でも二度でも今日は上れませんと云え。奥さんだって行く気はないんだ」
 扉の把手《ハンドル》を握ったまま、れんはあわてて二三度腰をかがめた
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