青空に浮いているのが見えた。ほんの僅かな白雲が微に流れて端の枝を掠め、次の枝の陰になり、繊細な黒レースのような真中の濃い網めを通って彼方にゆく。
庭の隅でカサカサ、八ツ手か何かが戦ぐ音がした。
チュッチュッ! チー チュック チー。……
暖い日向は、白い寝台掛布《ベッドクロス》の裾を五寸ばかり眩ゆい光に燦めかせて窓際の床の一部に漂っている。
彼は明るさや、静けさ暖かさの故で平和な、楽しい感情に満された。今日が降誕祭だと云うことも、宴会を断ったことも、彼自身が病気だと云うことさえも苦にならなくなって来た。彼は境の扉が二三分すかしてあるのを見つけ、さっきからことりともさせない隣室の妻に声をかけた。
「さほ子、さほ子」
然し、彼の妻を呼び一緒にこの晴やかな tete−a−tete の団欒を味おうとした希望は失敗に終った。
今日は殊更しおれて何処か毛の濡れた仔猫のように見える彼女は、良人かられんに暇をやった一条を聞くと、情けない声で
「困るわ、私」
と云い出した。
「どうして一言相談して下さらなかったの?」
彼は尤もな攻撃に当惑し、頻りに掌で髪を撫であげた。そして熱心に弁解的説明をした。
「相談しなかったのはあやまるよ。然し、本当に五月蠅い気の揉める婆《ばば》じゃないか」
彼は、さっきれんが一年にたった一度のクリスマスと云った口調を、その節まで思い出してむっとした。
「僕やお前が若いと思ってちび扱いにするんだ。代りなんかいくらでもあるよ。――僕だって先刻まで其那気はなかったんだが――」
彼女は寝台の端に腰をかけ、憤ったような揶揄《からか》うような眼付で、意地わるくじろじろ良人の顔を視た。
「仰云る気がないのに、言葉が勝手にとび出したの?」
「いつもいつも思っていたことが、はずみでつい出て仕舞ったのさ。僕は全く辛棒していたんだよ。ひとの顔さえ見ると何より先にきょとついて、はい、はいとやられると――参るよ」
さほ子も段々笑い出した。そして、良人の意見に賛成して散々気の毒な老女のぽんち姿を描いて笑い興じた。けれども、笑うだけ笑って仕舞うと、彼女は、足をぶらぶら振るのもやめ困った顔で沈んで仕舞った。
「もうじき大晦日だのにね。――どうするおつもり?」
彼女は、歎息まじりに訴えた。
「今其那に女中なんかないのよ。貴方男だから好きになすったって如何かなるには違い
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