た時はあったが幸か不幸か自分の体をなげ出すほど美くしい精女は居らなんだ故死なずにもすんだのじゃ。
 ま十年若かったら、つくづく思われるのじゃワ。
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第三の精霊はかおを手でおおうたままシリンクスの足元につっぷして居る。指の間からかすかなこえを響かせて云う。
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第三の精霊 何とか云うて下され、美くしいシリンクス。お主のその美くしいしおらしげな目ざしで、そのしなやかな身ぶりで私の血は段々なくなって行ってしまう。アア、どうしていいやら、私は心臓ばかりのものになったのじゃあるまいか――
 かがやかしいシリンクス――、私の命の――何とか云うて下され何とでも思うままに……
精女(おどろきにふるえながらかたくなって身動きもしないで居る。壺をしっかりかかえて)
第三の精霊 だまってござるナ、何故じゃ、私のこのやぶけそうに波打って居る鼓動がお主にはきこえなんだか、この様にふるえる体がお主には見えなんだか――お主の着物はひだ多く縫うてあるに心はただまったいらな小じわ二つも入って居らぬ、何とか云うて下され、――もう私は
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