リットン・ストレーチーは、記録している。
 同じころ、更にもう一つの重大事件というべきものが、フロレンスの生活をその根から揺り動かした。やがて三十歳になろうとしている婦人の強烈な情感が一人の優秀な青年にひきつけられたのであった。フロレンスにとってこの情感のなみは全く新しいものであり、その激しい生れつきにふさわしく並々ならない動揺を来したらしく見える。当時のしきたりは、生粋の上流人であるフロレンスの感情の秩序にもしみこんでいるのであるから、彼女にとって恋愛の心は結婚の門に通じている一本道の上だけで自身に向って承認されるものである。当時の日記にはフロレンスの苦しい心持がまざまざとのこされている。「私には満足を求める知的な性質がある。その満足はあの人から得られる。私には満足を求める情熱的な性質がある。その満足もあの人から得られる。私には満足を要求する道徳的、行動的な性質がある。その満足はあの人の生活中には得られない。時には私もともかく情熱的な性質を満足させようと考えないでもないが……」しかし、フロレンスは自分の本心を知っている。そういう自分の心があるとき自分に涙をこぼさせるものであったとして
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