も、やはり「私の現在の生活の延長と誇張とに釘づけにされ、自分にとって真実な豊かな生活をきずく好機会を永久に逸し去ること」はとてもできないとわかっている。フロレンスは、苦しくても本心の声に従わずにはいられない。彼女はその青年との結婚を断念することで、自分の愛の火の上にもふたをきせてしまった。これほどまでに人生的な大望に身をこがす一人の成熟しきった女性にとって、活動の機会を与えられず過ぎてゆく日々は如何に苦悩そのものであったかは、彼女の正直な次の告白が語っている。「人生三十一年、好ましいと思われるものは死ばかりである」と。
この状態が更に三年もつづいたとき、フロレンスの周囲は、ごくありふれた考えからいくらかずつ彼女に自由を許しはじめた。この風変りな未婚の淑女も、そろそろ中年未婚婦人《スピンスター》と呼ばれる方に近くなって来てみれば、匙をなげた意味で、気まかせにさせるあきらめもついたというわけであろう。フロレンスはついにロンドンの医者街、ハーレー街にある私立の慈善病院の監督となることができたのである。
それにしてもフロレンスは何故そのような執着をもって社会衛生に関係した仕事などに情熱を感
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