して自分の生涯の計画の挫折としてはうけとらなかった。それから後の八年という歳月は、フロレンスの上流令嬢としての生活の底におそるべき不屈な努力と実力の蓄積とをはらんで進行した。この表面の挫折に遭うまでのフロレンスは、何といっても自分の境遇の条件にしばられている一方であったが、この八年に、彼女は不撓《ふとう》な精神で、自分の境遇の条件を一貫した目的に従わせ、そのために活かしてつかって行くという生涯の態度を学んだのであった。
 この期間にフロレンスは医学調査会の報告や、衛生局のパンフレットや、病院、孤児院などの沿革をむさぼり読んだ。ロンドンの社交季節の閑をぬすんで貧民学校や救護所の見学をした。両親との贅沢な外国旅行の間に、暇を見つけては病院めぐりをし、貧民窟めぐりをし、ヨーロッパの大都会の病院と貧民窟とでフロレンスの知らないところはないという位になった。ドイツのカイゼルスウェールト温泉へ母と姉とで逗留したとき、フロレンスは二人の貴婦人たちが入湯や社交に日を消している間をぬけ出して、同地の看護婦養成所に三ヵ月以上も滞在した。「これこそ彼女の生涯を支配した重大事件であった」と、興味ある伝記作者の
前へ 次へ
全22ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング