は、彼女が生れた時代のイギリスの習慣の保守的な重み、第二は彼女が特に上流の淑女であるという重み、その二つの石は、やっとフロレンスが自分の人生に目的を見出して、看護婦になりたいといい出した時、先ず母夫人の驚愕、涙となってあらわれた。フロレンスは、二十五歳で、看護婦の仕事こそ自分の全力を傾注するに足る社会的な事業だと思いきめたのであった。

 十九世紀中葉のその時代のイギリスで、病人の看護をするのが聖業であるというような女は、他のまともな正業には従えない女、主としてもう往来を歩くには年をとりすぎたアルコール中毒の淫売婦あがりの婆さんたちであった。こういう看護婦というものがどんな不徳、冷血、不潔でおそろしいものであったかディッケンズの小説によく描き出されている。病院の看護婦といえば、風紀のみだれたもの、という代名詞のように思われていた。酒気を帯びないで勤務している者は一人もないという状態であった。他ならぬそういう看護婦の中に入って行こうというのであるから、フロレンスの周囲が驚倒したのもいわばもっとものことであったろう。
 フロレンスの申出は、断然反対された。フロレンスはこの第一歩の挫折を、決
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