路して、裏の柵から台所口を入っていった。
 はじめ、泥棒が入ったのかと思った。テーブルの下のところに、何か白い引裂いた布が散らばって、隅の大箱のふたはあけっぱなしだ。それからも布が引きずり出してある。
 ソロソロ近よったら、箱のかげの薄暗いところから、
 ――誰だ?
 それはアグーシャの声だが、まるで気がぬけて、乾きあがっている。
 ――どうした!
 アグーシャは、箱のかげから膝でずり出て来た。彼女は、床へ坐ったまんま溜息をついて、
 ――父ちゃんいねえか?
ときいた。それから、また溜息をついて、涙をこぼしはじめた。ペーチャはアグーシャのわきへ膝をついた。
 ――どうしたってことよ! あ? 父ちゃんか、親父がやったんか?
 ――殺されはぐった。
 アグーシャは、手の甲で涙を拭いて、唇にはりついてる髪の毛をかきのけた。だが、いくら拭いても、涙はアグーシャの頬っぺたを流れる。
 アグーシャは永い間ぼんやり床にへたっていてから、そろそろ手を動かして、散らばってる布をあつめはじめた。
 ――何して、あげ怒るか俺にゃわかんねえ。俺托児所さ枕と敷布とつかい手ねえお前のちっちゃかったときの籠もってこ
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