五十ヤール。真新の防寒靴《ガローシ》八足も見つけられた噂があった。
 イグナート・イグナートウッィチのところへモスクワからプラウダと農民新聞が来る。農民新聞に、ちゃんとそのことが出ていた。ビリンスキー村の連中は、
 ――畜生! 悪魔だ。何年そうして、甘い汁すってけつかった。
 ぶう! と地面へつばをはいた。ニキフォーロフは銀のサモワールを三つ納屋の乾草の中へかくしてもっていたばかりではない。実は馬を六頭、牛を七頭もっていたことが露顕したのである。
 奴は、隣村の富豪退治でやっつけられたドミトリー夫婦みたいな頓馬じゃない。自分の家のまわりをパカパカ歩かして見せびらかしなんぞしとかなかった。上ブローホフ村の貧農へ、そっとそれをみんなかしつけて、村ソヴェトの連中にコニャークをのませて、やっていたのである。
 ――こわいじゃないかねえ、マルーシャ。あいつんところじゃ、その三百五十ヤールの絹の布の、九十ヤール腐っていたそうだよ。
 桃色の布《プラトーク》をかぶった大柄なアグーシャが村の共同井戸のところで後家のマルーシャにいった。マルーシャは三十五で、去年亭主に死なれ、三人の小さい子持ちである。彼
前へ 次へ
全39ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング