出しながらわきから口を入れた。
――俺の五枚目の肋骨にゃまだコルチャックの鉄砲玉が入っている。――そりゃだが、何でもねえ。玉あレーニンの骨さも入った。……これが俺の書類だ。
中央からの男は指の先で、折目がすり切れタイプライターの紫インクがぼやけた書付をひろげて眺めた。書付はみんなで十枚あった。あるものは鉛筆の乱暴な走り書だ。あるものには、戦時共産主義時代の村委員《コミサール》の名が赤インクで書かれている。
それらは証明している。ピムキンは或るとき小学校の小使だった。或るとき赤衛軍の食糧運搬夫だった。そして、或る時、ピムキンは赤のパルチザンでアルタイ附近で戦ったこともあったんだ。
――ふーむ。
陰気な眼付になって中央からの男が、書付を元のように重ね、だまってピムキンの方へ押した。
――ちょっと……僕にも見せて貰えないか?
疑わしげな顔つきでピムキンは鳥打帽をかぶって外套の襟をたてた若い男を見た。
――お前さん、どっからだね?
若い男はもちろんだという声で答えた。
――町からだ。
しつこい、同じ調子でピムキンがまたきいた。
――何する人だね?
――……書くんだ。わかるか? 記者だ。
ピムキンは、じろじろ正面から若い者の帽子や眼鏡を見なおして、
――それがどうだってえのかね。
といった。
――若えもんが、俺らんところで、ちっとでも悧巧んなってかえろうてのは、わるい心掛じゃあねえ。
ピムキンは、意地わるくそのまま書付をゆっくりまたルバーシカの裏ポケットへしまい、イグナート・イグナートウィッチにだけ挨拶して出てってしまった。
三
┌────────────┐
│集団農場・万歳※[#感嘆符二つ、1−8−75] │
│新しい農村生活・万歳※[#感嘆符二つ、1−8−75] │
└────────────┘
プラカートは赤く、朝日に向って、すきとおるように揺れうごく。まだ耕されてない耕地の間の村道だ。
プラカートとともに行進していたビリンスキー村ピオニェールは、村境のところで立ち止った。十五人の子供が、かたまって熱心に地平線を眺めた。
――……見ねえ。
――……来ねえな。
お下げ髪をたらして、しっぽを赤い布で結わえたナターシャがまるで心配そうな細い声でいった。
――こわれたんでねえだろか……おら……おっかね。
それから子供らは、プラカートを握り、眼に力いれて地平線を見つめはじめた。白い雲があるだけである。
朝日は彼らの影をジッと足もとにおとしてる。
――来たっ!
ころがるように道ばたの高みを駈けおりながらペーチャが叫んだ。
――来たぞっ!
ウラー! アアアアア!
見ろ!
見ろ※[#感嘆符二つ、1−8−75]
春の白い軟かいかたまり雲が光ってるところに黒いでかいトラクターが現われた。隣村から送って来た者が多勢まわりにくっついて、トラクターがやって来た!
一台!
二台※[#感嘆符二つ、1−8−75]
ピオニェールはマラソンだ。赤いプラカートはもみにもめる。
地響を立て、鋼鉄の胴体を震動させつつトラクターは真直ぐピオニェールの方へ、ビリンスキー村の方へやって来る。まわりは、果ない耕地、耕地だ。
――村へ入って、村ソヴェトの前まで来たとき、二台のトラクターの周囲は隣村のもの、うちの村のもの、人だらけで、高いところに一人技師がハンドル握っているのだけが見えた。
集団農場については積極的によろこんでいない者でも、家に坐っている我慢は出来なかった。技師が真面目な顔つきで高いところから下りて、イグナート・イグナートウィッチと丁寧に、心をこめて握手したとき、若いものは思わずウラーと叫んだ。婆さんたちは、せかせか胸の前で十字をきって涙を浮かべた。
樅の葉っぱで飾った村ソヴェトの前でイグナート・イグナートウィッチは二人の技師その他と立って演説した。
――さて――機械が来た。機械と一緒にわれわれソヴェト農民の新しい事業がはじまるんだ。機械は、わかってるだべ、お前のもんでも、俺がもんでもねえ。われわれ集団農場全員《コルホーズニキ》のもんだ。――つまり……ソヴェト農民全体のもんなんだ!
ピムキンは、気違い犬みたいに今日は特別落付きない。イグナート・イグナートウィッチの足許へひっついて群集に向って立っている。彼は、イグナートの演説のきれめきれめに頭をふりながらいった。
――百姓《ムジーク》も会得する時機だ。ハア。
青年共産主義同盟員《コムソモーレツ》ニキータも、髪の毛の生え際まで赧くなって野天で、トラクターのわきで演説した。
――子供《レビャータ》たち! わかるだろ。機械は新しい生産の武器だ。われわれプロレタリアートの階級の武器だ! 武器をお前ら
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