敵にわたすか? 渡さねえ。同じことだ。機械を富農《クラーク》やその手先に渡しちゃならねえ。わかったか※[#感嘆符二つ、1−8−75]
 わかった! わかっている! いくつもの声がニキータの演説に答えた。
 夜になると、トラクターの置いてある村ソヴェトの下の広っぱに焚火がたかれた。ビリンスキー村のどの家の中でも、今夜は、この広っぱに時々気をとられる。
 ペーチャは粥《カーシャ》を食ってしまうと、ムッツリしている親父をおいてぶらりと外へ出た。広っぱの低い焚火のまわりに、五六人集まっていた。ニキータ。ニーナ。ワーシカがいる。ワーシカもニキータと同じ青年共産主義同盟員《コムソモーレツ》で村の牧童だ。しかめ面して鞭の柄で焚火を突ついている。だが何故みんな変に黙りこんで――つまり変にしてるんだろう? ペーチャは焚火のあっち側をすかして見た。我知らず、ニキータの顔を見上げた。ニキータは知らんふりしている。ピムキンがいるじゃないか!
 明るい火のそばへボロ長靴をはいた足を出し、どっからか乾草をひっぱって来て、その上へころがっている。腸詰、黒パン、ブリキのひどい薬罐《やかん》などがピムキンの足許にあった。
 ここに、ピムキンは何の用がある?
 ペーチャは、さては、と思った。おっかない、勇ましい気がし、急に焚火のそとの暗がりが濃く深く空の星が遠く感じられた。
 ニキータ、ワーシカ、ニーナなんかがトラクターとピムキンとを見張ってるのだということが、ペーチャにわかった。ピムキンは人並な奴じゃない。村のものを何ぞというと土百姓《ムジーク》といいやがる。ピムキンはいつでも意地わるだ。――トラクターをこわして集団農場を妨害する奴の話はペーチャだって一度や二度でなく聞いているのだ。
 焚火の、ぼんやりした赤黄ろい光りの中に、幅広い波形歯のついたトラクターの大きい車輪の一部が浮いて見える。ピムキンのボロ長靴の先が見える。
 よっぽどたった。
 ふいとピムキンが立ち上って、暗がりに消えた。ニキータが、いそいで、反対の側からトラクターの方へ行った。
 間もなくピムキンが焚火のそばへ戻って来た。ニキータが口笛をふきながら、かえって来た。
 ピムキンはもう寝ず、ブリキ薬罐を焚火のそばへ押し出し、片手の腸詰をかじっては黒パンをくいはじめた。
 ペーチャや若いものは、黙ってそれを焚火のこちら側から見ている。ピムキンは言葉をかけようともしない。ワーシカがピューッと音をさせて鞭を振り、
 ――え、おい! ちっと陽気にやろうで!
といった。
 ワーシカとニーナが一抱えの乾草と手風琴《ガルモーシュカ》をとって来た。
 ニキータがあぐらをかいて、手風琴を鳴らした。ワーシカは口笛で合の手を入れ、ニーナが前歯の間でひまわりの種をわりながら、
  お婆さん、石鹸おつかいな。
  馬鹿こくな! お母の腹で石鹸つこうたかよう
  お爺さん、歯ブラシおつかいよ。
  うるさい孫め! その歯があるなら
  ク、苦労すやしめえ!
と唄うと、みんな笑った。
 ――ペーチャ、さ。
 てのひらんなかへニーナがひまわりの種をあけてくれた。
 焚火の焔は揺れ、そのたんびにニーナの派手な橙色のスカートが明るく近づいたり、また遠のいたりして見えた。ピムキンは焚火のあっちで、今腹這いになっている。

        四

 集団農場ソヴェト大会で、ピムキンが、
 ――同志《タワーリシチ》、議長! それは九十二パーセントではねえ、九十二パーセント二分だ。
と、第一列から教えるように播種面積報告の訂正をやった。怒ったように誰かが、
 ――静かにしろ!
と聴衆の中から叫んだ。が、赤い布をかけた細長いテーブルの前に立っていたイグナート・イグナートウィッチは、首のガクつく鈴をチチリ、チチリ、チチリ、と鳴らし、
 ――同志《タワーリシチ》、集団農場員《コルホーズニキ》! そうだ。正しい。われわれのところで、この春の播種面積は予定地積の九十二パーセント二分あった。
 ほほえみながらつけ加えた。
 ――どうか来年は、俺がもっと大きい数字を忘れるような成績でやっつけたいもんでねえか!
 みんな悦んで、笑いながら拍手した。
 ビリンスキー村の集団農場は、二度目の蒔つけを無事に終ったところであった。ペーチャがニキータとトラクターの番をして、乾草の上で夜明しをしたのは、もうまる一年前である。
 この夜の大会は、去年の秋から提出されていた集団農場托児所設立問題をいよいよ実行案として討議した。
 数時間、めいめい遠慮なくしゃべった。それから、委員が起立して読みあげた。
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一、托児所は、村から追放された富農ブガーノフの小舎におくこと。
一、集団農場と村ソヴェト衛生委員会との協力によって毎月二十ルーブリ
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