うとしただけでねえか。
 アグーシャのあごのところに紫色のあざができている。ペーチャは、苦々しげに、
 ――親父あ、決議んとき手あげなかったちゅうこった。
といった。
 ――なあペーチャ、お前ピオニェールだ。正直、俺さいってくれな。
 しばらくしてアグーシャが、持ち前のしずかな思いこんだ調子でいった。
 ――俺間違ってるだべえか。俺にゃどうしてもソヴェト権力のええとこさ見える。だまされていたとは思えねえ。
 ペーチャは我知らずアグーシャの腕をとって、やさしく、
 ――立ちな。アグーシャ。
と励ました。
 ――お前の方が本当だよ。親父は年とって、新しい社会が、俺らんところで出来てくのが、わかんねんだ。
 無教育なアグーシャをペーチャは親父よりずっと親しく感じた。このごろ、親父はアグーシャとよくひどい喧嘩をやる。それもいつだって、ペーチャはいないときやるんだ。
 ――こねだ、小遣かせぎに荷馬車借り出してひいたら、事務所さ三割とられたって大ぼやきした、あんときもお前なぐったか?
 ゆでた馬鈴薯をもって来てテーブルで食いながらペーチャがきいた。
 ――ああ。だけんど、あのときゃたんだ三つですんだ。
 グレゴリーが帰って来た時、ペーチャはペチカの下へついている床几で、毛布にくるまって眠っていた。
 ――眠ったふりしていた。
 大体托児所には人気があった。
 ――どげえなもんが出来あがるっぺ……イワノヴォ・ヴォズネセンスクには風呂場までついて、栓ねじると湯の出る托児所があるそうだで。
 ――南京虫にくわれねえだけでもハアちっこい者にゃ楽だよ。
 後家マルーシャは、笑いながらある日アグーシャにいった。
 ――アグーシャ、ききな! 昨日ピムキンの気違い、とてもいい羽根枕、托児所のためにって持って来たぞ。――どっからかっぱらって来たんか……見てな、きっと今にピムキンがあの枕かえせって来べえから……。
 耕地では、見渡す数露里の広さにあおあおと麦が伸びて、初夏の風がそこへ吹くとあたまを揃えまぶしく波うった。
 トラクターで耕され、播種機でまかれた麦の濃い育ち工合は馬鋤と手蒔でやった耕地と、一目で違いがわかる。
 村はずれの川へビリンスキーの者が水浴びに行く。土手のむこう側が原で、雑草まじりに薄紫の野菊や狐の尻尾が穂を出している。その先にガラスキー村の耕地がある。裸の胸を平手でたたきなが
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