ら、ニキータは土手からその耕地を眺め、
――荒地とどこが違うべ……
といった。
――そうかよ。ガラスキーの奴ら、去年もスターリンの演説とっこにとって集団農場にしなかったが、……何目算して頑ばってるんだべ……
――この秋も見ろ、また麦買付にごてくさるから。小汚ねえ買占人の味が奴ら忘られねんだ。
ガラスキー村に一つ小さい煉瓦工場がある。五ヵ年計画でソヴェトの煉瓦需要はえらい勢いで増した。その工場は、天然乾燥で、夏の数ヵ月間だけ働いている。まわりの村のピオニェールが突撃隊《ウダールニク》を組織して、その煉瓦工場見学兼手伝いに出かけた。
ペーチャはビリンスキー村からの第一班だ。彼は、五十箇の煉瓦を型へうちこみ、それから指導者の命令に従って、労働者バラックの床をみんなで洗った。
はだしで、襟飾を赤くヒラヒラさせながら、西日の長い影をひっぱってビリンスキーへの往還をやって来たら、ペーチャは思いがけず、反対にこっち向いてやって来る親父を見つけた。
一本道の上で両方からだんだん近づいた。夏埃の深い村道を歩くのに、親父は膝まである晴着の長いルバーシカを着ている。長靴はいている。肩に樺の木箱と麻袋をかついでいる。そして西日に向う熱そうなこわい大きい顔に苦しそうな汗が流れている。ペーチャはそれを見た。が、グレゴリーの方は、まるで人間がいるのにさえ目を止めない風である。地面見たまんま進んで来る――
ペーチャは思わずそっと道ばたに一足どいた。ただごとでない。どこへ――どこへ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
声がペーチャの胸から喉へこみあげたが、口が動かぬ。きのう、親父はいった。
――ふう! 俺にゃ土地がねえ。息子も俺にゃ用がねえ。……土地も息子も今じゃ国家のもんだ……
ペーチャが、道ばたから動けないうちに、親父は汗をたらし、獣みたいな様子で近づき通りすぎ、一歩、一歩、遠く西日の中へ、ペーチャの来た方へ行く。
ペーチャのむく毛の生えた唇の隅は泣く前みたいにふるえだした。
六
人だかりがしている。
自分の家の前が人だかりだ。ペーチャは人だかりを遠くから見た時、再び唇の隅をふるわした。
こっちにもよくない事が起っている。――ペーチャはノロノロ歩いて行った。
――ペーチャでねえか!
――そだ! 何のそのそしてけつかる。――オーイ! 早くこい!
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