にあり、この社会を人間の生産力、才能その他を活かし得るところとするためには「社会科学を全くつくりかえねばならぬ」と云いつつ、一方、「自然においては一切の運動が循環であるらしく見え」結局「精神及び観念のうちに革命はつくられねばならぬ」と帰結した道行の裡にかくされている。卓抜な洞察力にかかわらず自身の世界観のうちに全く同時代的な矛盾をもっていたテエヌが、社会関係においては受動的に現象羅列的にバルザックを説明することは出来ても、絡みあってバルザックそのものを成している諸矛盾とその社会的根源までを解きほごし、発展的モメントをとり出して示し得なかったことは、まことに興味がある。我々はもとよりその歴史性を咎めようとはしないのである。

 バルザック自身が、自分の文体をもてあまし、汗水たらしてそれと格闘した有様は、すべての伝記者によって描かれ、まざまざと目にも浮ぶばかりであるが、バルザックは文学作品における表現というものに対しては或る識見を抱いていた。「文章論に通暁して、言葉の上の間違いを仕出かさないぐらいでは、大詩人にはなれないて!」前時代の古典主義に対して彼はこう挑戦した。「芸術の使命は自然を模
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