喫驚《びっくり》するであろうかと言い、進んでこの点を一つの溌剌たる喜劇的場面に描いて追究しているのである。
 先ずその人は、大冊十六巻からなるその作品の量を見て、このバルザックという人はよくもこれだけ書けたものだと一驚しながら、手当り次第に、その一冊をとりあげ、疑いぶかそうな様子で、どこかの頁をあける。偶然こういう言葉に出くわす。「最も優雅な物質性がすべてのフランドル人の習慣の中に刻印されている。」その人は眼を丸くし、暫く考えた後、それはきっと「フランドル人はその安楽な生活の習慣のうちに、非常に風雅な趣を蔵している」という意味だなと合点する。そうして、バルザックはどうしてこんな衒学的[#「衒学的」に傍点]な物言いをするのであろうかと不思議がる。翻訳しながら読むのでは疲れるから、もっとさっぱりした簡単なのがよいというので、「トゥールの司祭」を開いて読んでゆく。そして、そのうちに彼は、はたと逡巡する。「これが女性の大集会の毛細管を通じて投げ出される文句の実体である」これでは生物学の講義でも聞いているようだ。何故かくも難しい述語を、百科辞典式に書き並べるのであろうかと歎息する。更に、その人は
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