合った家柄の者と結婚させたいという最後の苦しい願望に集注されているのである。
 クルベルは、夫人をしつこく口説くのであるが、その、あの手この手は悉く男爵家の陥っている経済的困難を中心とする脅威であり、誘惑である。色と慾とに揺がぬ根をはった強い色彩と行動との中にいつしか読者はつり込まれ、
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「若しも私が貴方のために操を破って居りましたら、クルベルさん、それでも貴方はそのようなことを仰言ったでしょうか?」とユロ夫人はクルベルの顔を見詰めながら云った。
「そんなことを云う権利はなかったでしょうね、アドリーヌさん」とこの奇妙な恋人は男爵夫人の言葉を遮りながら頓狂な声を出した。
「私のこころにさえ従っていれば、あなたは私の財布の中からオルタンスさんの持参金を出せますからね……」
 さて、その言葉を証拠立てる積りでもあったのか、脂肪肥りのクルベルは、床に膝をついてユロ夫人の手に接吻した。
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 この活々と緊張して、而も落付き、社会の裏面を露《あば》く惨酷さでは骨髄を抉っている描写は、消えぬ絵となって我々の印象に焼きつけられるのである。同時に、何か漠然とし
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