た驚きが引き起こされる。バルザックは、何と普通のような顔つきで、この醜怪と苦痛とを描いているだろう! と。
 読み進んでゆくうちに、読者は到るところで、しっくりはまりこめない凸凹した説明にぶつかったり、そうかと思うと、思わず作者バルザックに対する疑いを喚び覚まされるような大仰な、出来合いの大古典時代めいた形容詞を羅列した文章に足を絡まれる。非常に古代美術愛好家風な、衒学的な、却ってそれが一種の野卑を感じさせる婦人の美の説明が我々を間誤つかせていると思うと、それはいつしか十九世紀のブルジョア勃興期にフランスで、そしてイギリスでも所謂下層階級の出身の美しい娘がどんな道行で没落に瀕したか、或は成り上りの貴族夫人となったかという社会的な過程を熱のある筆でくまなく我々の目前に展開していることを知るのである。
 野蛮人や下層階級の心理について独断的な傾きのつよい作者の説明に対して極めて自然に、そして正当に後代人である我々の心に起る反撥。唐突に持って来て、ギリシャ神話中の名と並べてつかわれている自然科学上の様々な用語が読者に与える寧ろ子供らしい落付かなさ。我々は希望するしないに拘わらず、生粋の放蕩者
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