てでも、新聞からの切抜きを利用してでも、ごく自由に大判画用紙一枚ぐらいにまとめて、そのままピンで職場の壁にはりつけ、皆で読む。
 ゴルロフカは炭坑だから、地べたの下何百メートルのところまで職場新聞はもち込めない。ここではゴルロフカ全体の新聞が出されているわけなのだ。ドミトロフ君が説明して『プラウダ』の論文を書き直している若者が「われわれの新聞の編輯責任者の一人ですよ」。
と云った。青年労働者はその声で鉛筆をもったまま顔を上げ、丈夫そうな美しい歯なみを見せて笑った。「そして『共産青年同盟プラウダ』の通信員です」
 私はきいた。
「坑内で働いているんですか?」
 ソヴェト同盟では十八歳以下の青年労働者は一日六時間以下、十六歳以下は四時間以下しか労働を許さない。それで八時間労働に同じだけの賃銀をとり、しかもその半分だけの時間は勉強のためにつかわれるのだ。コーリャというその青年労働者は、
「働いています」
と答えた。
「だが坑内で働くのはたった三時間か四時間です、僕は今専門学校の講義《クラス》に出ているので、坑内はそれだけなんです」
 ほほう、ここには専門学校まであるのか! 訊いて見たら学校はまだ建っていないがゴルロフカ炭坑に働いている専門技術家が教師となり、半年、一年、二年とそれぞれ程度の違う技術教育を行い、プロレタリアの幹部、指導者を養成しているのだ。
 ここで朝鮮、台湾の読者諸君に特別に知らせたいことがある。それは、ゴルロフカの「労働宮」にはロシア語の工場新聞のほかにもう二つ別にユダヤ語とタタール語の小新聞発行所が設けられていることだ。十月革命によってプロレタリア農民が勝利するまで、ブルジョア地主の専制支配の下でユダヤ民族と弱小民族の一つであるタタール民族が虐げられて来たことは、ロシア歴史を一目見ただけで明らかである。ユダヤ人は屡々虐殺された。タタール人抑圧の悲憤にみちた物語は、文豪のトルストイも小説に書いている。帝政時代のロシア支配階級はその他多くの弱小民族を圧迫し生活権を奪うことによって豊沃な耕地を、森林を、鉱山と港とを自分の富として加えた。タタール民族ユダヤ民族は、自分らの言葉で書いたり読んだりすることさえ禁じられていた。小学校は強制的にロシア語で教えた。公文書は必ずロシア語でなければ通用せず、芝居も自分らの言葉でやることは許されなかった。誰にでもわかる自分らの言葉で本を出版することなどはもっての外のことであった。
「十月」とソヴェト権力の確立、プロレタリア独裁とが初めて、この屈辱的な民族的差別を根本から廃絶した。民族は完全に独立した。自治共和国をもつようになった。今日では自由に自分の国の言葉で読み書きは勿論演劇もやる。学校教育もやる。出版される。「労働宮」の大きくない一室のドアの上に貼られた「ユダヤ語、タタール語新聞発行所」という紙は小さいものだ。しかし、それは世界幾千万のプロレタリアの「植民地独立!」と叫ぶ声である。
 ところで「労働宮」の半地下室へ降りて行って見て私はびっくりした。これはさながら最新式の欧州航路の汽船の内部のようだ。
 真白いエナメル塗の椅子がいくつも並んだ清潔至極な理髪室がある。
 大きい大きいニッケル湯沸しの横に愛嬌のいい小母さんが立って一杯三|哥《カペイキ》(三銭)のお茶をのませ、菓子などを売る喫茶部は殷《にぎ》やかな話し声笑い声に満ちている。
 体育室の設備のよさは、プロレタリア・スポーツの誇りだ。
 医務室がある。
 法律相談所がある。
 ゴルロフカの母親たちの便利も決して見落されてはいない。「母と子の室」。
 あらゆる明るい部屋部屋にゴルロフカの炭坑労働者の男女の姿がある。どの廊下にも愉快そうに働いているゴルロフカの連中がいる。
「労働宮」は三百万ルーブル(円)で建てられた。その当時ソヴェト同盟の石炭総生産は世界第六位でありドン・バス炭坑区はその大部分を生産していた。

 来る十一月七日革命第十五周年記念日こそ世界の全勤労階級のよろこびと新たな決意の日だ。ソヴェト同盟のプロレタリア・農民は第一次五ヵ年計画を達成し、社会主義社会建設への勝利と可能とを身をもって示した。ソヴェト同盟の全生産はヨーロッパ戦争前(一九一三年)の二倍に高まった。ソヴェト同盟は世界第二位の生産と国民所得をもつ国となった。労働時間は八時間から七時間になった。失業は根絶され、労働者の平均賃銀は二倍強に上っている。ひきつづいて一九三七年までに行われる第二次五ヵ年計画で、ソヴェト同盟の労働者農民は更に社会主義の社会を完全なものとし、この世界に階級のない社会を建設しようとしている。ゴルロフカ炭坑区「労働宮」のラジオ拡声機をとおしてこの日モスクワの「赤い広場」から叫ばれるスターリンの激励演説とそれに応える数百万の勤労者の歓呼の声が
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