解明力に存する というのは、何と劇的な、心を打つ眺めであろう。
ツワイクは、一九一九年にこの本を出した。しかし彼はこの部分では、分析のメスを浅くすべらせている。非力を、おのずから示して、このドストイェフスキーの狂信と洞察――むしろ直感をふわけしていない。そのところに彼の文芸史家としてのフェータルなものがひそんでいる。この。ドストイェフスキーのロシア主義の分析こそ、ツワイクを活かすか死なしたかのポイントにふれている。
[#ここで字下げ終わり]
○しかしこの場合ロシアとはいかなるものであるか。
ここでも リアリズムと空想力、火と水とのさわがしい混淆が行われているのである。p.285
各国文学精神の伝統的傾向について
○各国民は、自身の文学精神の傾向に特有のテンデンシイをもっているという事実。
[#ここから2字下げ、折り返して7字下げ]
フランス バルザックとフランス小説の全主人公は、社会の抵抗より強いか弱いかであり、彼等は生活を克服するか、或はその車輪の下じきとなるかである。p.174
ドイツ 小説の主人公は(発展小説)マイスターを典型として統一の方向をとり、力は集合され、人間はドイツ的理想にまで成長し、堪能となり混沌としていた要素は達成された静けさの中に結晶しつつ澄んで来て、修業時代からマイスターが出て来るのである。p.175
ロシア |彼らの運命は《(ドストイェフスキー)》、自己にとって外的な意味でなく 内的な意味においてのみ存在するp.171
彼らは現実に向っては何物も求めないで、初めからそれを超越して、無限のものへとゆくのである。
価値のあらゆる証書、すなわち称号、権力、金というような目に見える財は、バルザックの場合のように目的としても またドイツ人の場合のように手段としても、ともに彼らにとっては価値がないのである、p.176
イギリス 英国流の小説の感傷的な因習が、迫力への意志を征服してしまうのである p.95
英国では元来小説というものは一般に行われている道徳上の原則の図解にすぎないものでなくてはならぬ。p.95
英国人らしい道徳観の肥満性
○イギリス文学における節度 道徳のキソまで手をつけようとしない。
○ユーモアの各種の起源
○しかしこの節度は大戦後やぶ
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