われるとおりにした。彼は、恐らく勝気で賢くあったであろう自分の美しい支配者に悉く満足し、ヴィアルドオ夫人の舵とりにまかせた安易な生活の幸福に浸った。友達が世渡りの辛苦を訴えると、真面目に答えた、「僕がしているとおりにしたまえ、私は支配せらるるままにしている」と。
これには流石《さすが》のブランデスも些か驚歎して、「純粋のスラヴ人で、感受性に鋭く、智的に多産でありながら、殆ど意志の力を欠いていた」ツルゲーネフであったから「彼は自分の生活に美しい支配者を得て幸であった」と云っている。
今日の目で見れば、ツルゲーネフの顕著な特徴となっている意志の力の欠乏を一口にスラヴ的と概括することは出来ないことである。同じスラヴ人の同時代人には二十年の流刑に堪えたチェルヌイシェフスキーをはじめ、七〇年代八〇年代以降今日に至るまでに、人類の中で最も堅忍と不撓不屈の意力によって歴史を押しすすめた更に多くの誇るべき大人物がスラヴ人の中から出ているのだから――。
ツルゲーネフは、このヴィアルドオ夫人にめぐり会うまでに、多くの女を知っていた。二十歳前後でベルリンにいた頃は、ある裁縫をする小娘といきさつがあって
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