出来ずに「父と子」も「処女地」をもその主題の故に不朽であると共に同時代人から受けた巨大な非難の故に有名な作品として残しているというのは、意味深い事実である。
 今から見ると、ヴィアルドオ夫人の力は、ツルゲーネフにいくたの作品を書かしめた力であったと同時に、多くの作品の中で最も歴史的に積極的な価値をもつ主題の大きい作は、遂にそれが書かれなければならぬようには書かせぬ力となっていたことがわかるのである。
 晩年、健康を害したツルゲーネフは「処女地」以後のロシアの解放運動の流れに対する関心からはすっかり離れ、懐疑的な「散文詩」「クララ・ミリッチ」などを書いた。
 ツルゲーネフの遺骸がロシアにかえって来た時、官憲はその葬式を大衆的にやることを禁じた。ロシアの政府は、実践的には様々の問題をふくんでいる一作家ツルゲーネフの葬式さえ公然とその市街をねり歩かし得ない程自身の矛盾によって危くされ、大衆を恐怖していたのであった。
[#地付き]〔一九三四年十一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4
前へ 次へ
全24ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング