」
「シッ!」
「――静かにしねかってば!」
バッタン! 誰かが後で脚立《きゃたつ》をひっくりかえした。
入口からは、肩へ長い手拭いをひっかけ、その端で頸ねっこを拭きながら、まだ濡れた髪の束を額の前へたらしたのが、ゆっくり靴をひきずってやって来る。
ヤーシャは、はじめ遠くそっちの方を、だんだん、人垣の真中ごろへ目をつけながら喋り出した。
「タワーリシチ! 昨今われわれソヴェト同盟で、一般的な食糧困難が起っている。モスクワでさえ、もう何ヵ月も肉類、野菜が足りない。現に鍛冶部では牛乳配給にさえ差支えた程だ。こりゃ、一体何故だ?」
涼しい窓枠のところへ背中をこごめて数人が腰かけてる。中から、
「そいつが知りてえところだ!」
「シーッ!」
「今日の『プラウダ』をみんな読んだか?」
次第に確信に充ちた親しみ深い調子でヤーシャが続けた。
「いい論文が党中央委員書記によって書かれている。――ハッキリ、食糧困難の原因が示されてる。われわれは、社会主義建設に従うプロレタリアートとしてこのことを理解しなけりゃならねえ。現在ソヴェト同盟にある食糧困難は……食糧困難は、偶然の現象……つまり雨が降りす
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