よせるようにして軽く唇を噛んでる。何か考えるときオーリャの癖だ。
 ドッコイショ。信吉は自分で二十本ばかりの鉄片を抱えこみ、オーリャの仕事台まで運んで、ガシャンと幾分ひどい音を立ててコンクリの上へおいた。
 オーリャが顔をもちあげた。信吉を見てニッコリした。頬っぺたから髪を払おうとするように頭を一振りし、
「よめた? あのビラ――」
 やっぱり、同じこと考えてたのか!
 信吉は嬉しくなって、熱心に、
「読んだとも!」
と答えた。
「よく書けてる」
「――集会へ出るだろ?」
「出る」
「じゃいいワ。――終り!」
 失敬するようにサッと片手を信吉に向って振り、オーリャはまた仕事にかかる。信吉も自分の台へ戻った。

        四

「おーい、誰か鉛筆もってないか?」
 幾重もの人垣の中に脚のガタついたテーブルが軋んでる。労働通信員グーロフが襟あきシャツのポケットじゅうを探りながら怒鳴ってる。
「おい、鉛筆……」
「ホラよ」
 テーブルの前へ突立っていたヤーシャが、金網をかぶせた腕時計を覗いた。ちょっと爪立つような恰好でテーブルへ手をかけ、
「タワーリシチ!」
 喋りはじめた。
「シッ!
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