に一つ英語でやってくれ!」
「――同志《タワーリシチ》!」
鼻の頭へヨード絆創膏の黒い小さい切《きれ》をはりつけた男が叫んだ。
「俺あ云うね、その煙草工場での経験は、『労働者新聞』の大衆自己批判へ投書しなくっちゃならねえと。その女は、ただニーナというだけじゃなく、何の誰それニーナと書かれて、プロレタリアとして云うべきことと云うべき場所ってものがあるのを知らされなくっちゃならねえ!」
「――事実[#「事実」に傍点]はどうするヨ」
グルズスキーがねちねち口を挾んだ。
「購買組合の棚は空だっていう事実[#「事実」に傍点]は、どうするよ。……お前ら空の小鳥に、家持ちの気持は分らねえんだ」
膝を抱え、ボイラーによっかかって熱心にきいている信吉からは見えないところで別の太い声がした。
「事実[#「事実」に傍点]は大事だ。そりゃ、レーニンも云った。だが、そりゃ事実[#「事実」に傍点]でなくちゃならねえ。――われわれが餓えてる? 一九二〇年のソヴェトじゃ事実[#「事実」に傍点]だった。今日の事実[#「事実」に傍点]じゃねえ。食い物は確につめてる。その代り工業生産はわれわれんところ、ソヴェトで一年
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