かしない。
藤づる籠の古着の下から三本ブランデーの瓶が出て来た。それを中年の男が受けとって卓子の上へキチンと並べた。
いつの間にやら信吉のまわりは、同じ廊下の幾つもの借室から出て来た男女で一杯だ。
「何だい?」
次々にヒソヒソ信吉に訊いた。
「知らない」
しまいには、返事するのをやめた。
床板がめくられると下から、素焼の、妙な藁に包んだいろんな形の酒瓶が五本も現れた。戸口につめかけてる群集の中から刺すような甲高い子供の声がした。
「アレ! 父っちゃん。何さ? あの瓶? 何サ?」
「……黙ってろ」
グリーゼルと都合八本の酒瓶と三人の男は、無愛想に人だかりを分け階段を下りて再び行ってしまった。
忽ち、ヴィクトーリア・ゲンリボヴナが居住人に包囲された。
「みなさん、どうぞ静かに休んで下さい。グリーゼルは強い酒の密売で拘引されたんです。……知ってなさる通り、ソヴェトは勤労者の規律のために強い酒を売るのを禁じているんですから」
階段を下りかけて、彼女は、
「ああ、ちょっと」
と信吉を呼んだ。
「お前さんの室主は若しかしたら数ヵ月帰って来まいから、室代は直接住宅管理部へ払って下さい
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