笑って横目で睨みながら肩で信吉の胸を小突いた。
「支那の男みんな真珠の頸飾だの靴下だの持ち込んでるじゃないのサ」
「そりゃ支那人のこった。俺ら知らねえよ。俺ら日本から来たんだ」
「どっちだっておんなじさ。――お前んところに勿論あるのさ……フフフ」
 素早くのび上って、アクリーナは、信吉の顎のところへキッスした。そして一層しなしなした熱い体を信吉にすりよせた。
「どう? ある?」
 信吉が返事する間もないうちに、アクリーナは両手で信吉の両手をつらまえ、
「さ」
とベンチから立ち上った。
「行こうよ」
「……どこへだ?」
 捉まえた信吉の両手ごと自分の胸の間へたくし込んで囁いた。
「あっちへ……森へ――」
 アーク燈に数多い葉の表を照らされ菩提樹の下は暗い。落葉や小枝をピシピシ靴の下で踏みながらアクリーナが先へ立って茂みの奥へ奥へと行く。信吉の気分がそうやって歩いてるうちにハッキリとして来た。それと同時に遠方のクラリオネットの音が耳について来た。
「おい」
 アクリーナはサッサ歩いてく。
「おい」
「何さ」
「どこへ行くんだよ……俺行かねよ」
 アクリーナが立ちどまった。信吉は楽な気分にな
前へ 次へ
全116ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング