ぶつかるぐらいだ。
 遠く鳩羽毛に霞んだモスクワ市のあっちで、チラ、チラ、涼しい小粒な金色の輝きが現れたと思うと、パッと公園の河岸で一斉にアーク燈がついた。
 コンクリートの散歩道、そこを歩いてる群集。そういうものがにわかに鉄の欄干の上で際立って、水の上は暗くなった。音楽の響が一層高まった。
「さ、行こうよ、早く」
 アンナが、浮々してせき立てた。
「芝居がはじまるよ、直ぐ」
「七時半からだよ」
「――だって……もう直ぐだよ」
 河岸の水泳場のそばに一隻の水雷艇が碇泊している。真白い服をつけ真白い靴をはいた赤衛海軍士官。帽子のリボンを河風にヒラヒラさせている水兵。新鮮な子供の描いた絵みたいな景色だ。彼等は無料で希望者に艇内を観せ説明をしてやってる。
 むこうの丘の上には、政治教程の講堂と図書室。科学発明相談所がある。
 曲馬がかかってる。
 托児所は、千人を収容する大食堂のわき、花園と噴水のかげだ。
 ガラス屋根の絵画展覧会。午後十時まで。
 活動写真館。
 アンナがわいわい云う芝居というのは「農村と都会の結合」広場のわきに、自然の傾斜を利用してこしらえた露天劇場だ。
 ベンチはとうに
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