つけ、水ぎわのベンチに年とった夫婦が腰かけて日没のモスクワ河を眺めてる。
 オールをあげて浮いているボートがあっちこっちにあった。どのボートにも男女の上にも、いっぱいの西日だ。
 河の上の西日は大して暑くない。――
「なに?」
 アグーシャが、アンナの目交ぜにききかえし、訝しそうに自分の膝の下で寝ころがってる信吉の顔を見下した。が、彼女の口元もアンナと同じようにだんだん微笑でゆるんだ。
「……わるくないじゃないか――」
 ひょっくり信吉が頭をもちゃげた。
「何がよ……」
 アグーシャとアンナは声を揃えて笑った。アグーシャが信吉の肩を力のある手の平でポンと叩いた。
「今お前の頭へのっかってた娘は何て名?」
「バカ!」
 信吉は赧い顔した。
「どうして? 結構じゃないの? お前だってもうおふくろの裾へつかまって歩く坊やじゃないんだもの」
 ミチキンがあっち向いて漕ぎながら真面目な声できいた。
「職場にいい娘いるか?」
「いる」
 信吉は、オーリャはここへ来たかしらとボンヤリ考えてたところだったのだ。
 鉄橋の下まで行って戻って来たら、公園の下のところは、集って来たボートでオールとオールとが
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