は職場には一人もいねえ。――
ヒョイと跼んだ拍子に見ると、明るくカラリとした仕事場のむこうの入口からピオニェールが二人来る。
仕事台と仕事台との間の広々した、鉄の匂いのする通路を、赤い襟飾が初夏らしくチラチラした。
間もなく信吉のところへも来て、
「お前、もうこれへ書きこんだ?」
鉛筆で罫をひっぱった大判の紙を見せた。
信吉は片手に鉄片をブラ下げたなり、
「何だね?」
「五ヵ年計画公債を買う人はここへ名を書くんだよ」
仕事台で並んでるグルズスキーが、撫で肩の上から粘りっこい目つきでチラリとこっちを見たなり、黙って仕事をつづけてる。
信吉は、ピオニェールの出してる紙をゆっくりとりあげた。
「なんぼなんだ?」
「一枚五ルーブリさ。毎月払いこみゃいいんだヨ。うちの工場、フトムスキー工場と社会主義競争をやってるんだ」
名と予約金高が書いてあるんだが、どれも二十ルーブリ、二十五ルーブリ、多いのんなると四十ルーブリなんてのがあって、五ルーブリなんぞと書いてあるのはない。
「――お前、なんなんだ?」
「俺?」
金髪を額へたらして、女の子みたいにふっくりした頬っぺたのピオニェールは、
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