でも賃銀の高い方へ「飛んで」行く。職業組合はそのために予定が狂って、ひどく迷惑してるんだ。

        三

 鉄片の先のトンがった方を電気|鑢《やすり》へかまして、モーターを入れると、ツイーッ!
 忽ち深い螺旋がついちまう。
 ホラ来た。もう片方! ツイーッ!
 軽い、規則正しいツイーッ! ツイーッ! という響と鉄が強いマサツで放つ熱っぽい活溌な匂いとがいくつも並んだ台を囲んで仕事場じゅうに満ちてる。
 信吉は、コンクリの床から鉄片をとりあげちゃ鑢にかけ、調子よくやっていた。
「鋤」で働くようになってっから、信吉は満足だ。
 ソヴェトの労働者といったって、道ばたで煉瓦砕きをやってる連中とここの連中とじゃ、違う。先は、顔ぶれが日によって変ったし、第一みんな臨時にこんな仕事やってるんだという腹があったから、仲間同志も、仕事っぷりもどっか冷淡だった。従ってモスクワの張り切った生活をも道ばたから眺めてるような工合だった。
「鋤」じゃ全く違う。
 信吉が日に二百本余の締金を電気鑢でこさえることは、八百人からの労働者のいる「鋤」農具製作工場全体の仕事と抜きさしならず結びついてる。余分な人間
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