仕事です」
「よろしい。……あなた、この女を知っていますか?」
子供の時分、学校の教壇のまえへよび出されたときみたいな心持に信吉はなった。全くソヴェトにはまだ新しいものと古いものがゴッタかえしてる。女裁判官は、そのゴタゴタに新しい社会の定規を当ててハッキリしたけじめをつけてやってるようなもんだ。
「知っています」
いろいろの質問に知ってるだけ答えた。
「エレーナ・アレクサンドロヴナとグリーゼルが一緒にいるのを見たことがありますか」
「え。庭で」
「そうじゃない。室で……寝床で」
信吉は、横に並んでる二人の方をジロリと見た。エレーナは細い娘っぽいボンノクボに力をいれてがんこに下を向いてる。
が、いい年をしたグリーゼルは、女裁判官ぐるみソヴェト裁判そのものをてん[#「てん」に傍点]からなめ[#「なめ」に傍点]てる風でヌーと立ってやがる。
「俺、朝働きに出る」
信吉は答えた。
「夕方、かえる。グリーゼルは一日家にいる。何をやってるか――悪魔が知ってら!」
この事件のほかにもう一つ、母親が息子に扶助費請求の聴取を終って、女裁判官はドアの奥へ引こんだ。書類をまとめて、二人の陪審員も
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