をしながら、カサカサした声で女は話した。身持ちになったときグリーゼルは、俺には貯金が五百ルーブリもあるんだから、養育費を出してやると云った。それだのに赤坊が生れて十ヵ月経つのに一文もよこさないと云うわけだ。
「ソヴェトの法律は、女が自分に赤坊を生ませた男から、月給の三分の一までの養育費をその子が十八歳になるまで要求する権利を与えています。然し、それはただの口約束では駄目なんですよ。裁判できめなければ駄目です。――知らなかったんですか?」
「知りませんでした」
そう云ってエレーナは微に顔を赤くした。
ふーん。……じゃソヴェトじゃうっかり女に悪戯なんぞ出来ねんだな。
「証人、シンキーチ……」
女裁判官はよみ難そうに顔を書類に近づけて呼んだ。
「シンキーチ、セリサーワ」
立ってベンチを出てゆく信吉の後で、物珍しそうな囁きがあっちこっちで聞えた。
だれ? あの男――
知らないヨ。
支那人だろう。
――静にしろ!
女裁判官は、赤い布をかけた机ごしに信吉にきいた。
「いくつです?」
「二十二」
「職業は?」
「煉瓦を、こうやって槌でこわす」
信吉は仕方をやって見せた。
「それが
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