いなア、相変らず。
 ちょいちょい信吉は人の多勢いるドアの方を見た。それらしい姿が見えないうちに休憩が終って、みんなガタガタ室へ入って来た。
 ベンチは一杯だ。窓のところへよっかかって立っている数人の男女もある。
 つき当りのドアがあいた。書類を抱えたキチンとした身装の二十三四の男が現れ、赤い布をかけた一段高い大机に向って腰かけた。続いてもう一人。――
 ははあ、あれが劉の云った陪審官てんだな。
 信吉は、鳥打帽を握って頸をのばし、一心にそっちを眺めた。
 女の書記が着席した。
 いよいよ裁判官の番だ。が、同じドアから軽い靴音を立てて入って来た裁判官を見ると、信吉はホホウと目を大きくした。女だ。四十三四の、細そりした落着のある女の裁判官だ。
 ソヴェト同盟へ来てから信吉はいろいろ新しいことを見た。が、女の裁判官たア……。室は水をうったように鎮まった。
 深く卓子《テーブル》の上へ両腕をのせ、書類をひらく質素な白ブラウズの女裁判官の様子はいかにも物馴れてる。一言、一言ハッキリ語尾の響く声で何か読み上げはじめた。
 それがすむと、重ねてある書類の一つをとり出して、
「ナデージュダ・コンスタ
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