風な婆さんがいる。偶然隣りあわせになったらしい若い男をつかまえくどくど云ってる。
「……それでね、お前さん、その乳牛を売った二百ルーブリの金を盗んだ子供はどこにかくれてたと思いなさる? 住宅監理者の室だよ!……この頃の子供なんて、ほんとに……大人よりおっかない奴らさ」若いおとなしそうな近眼の男は、幾分迷惑そうに脱いで膝の間へ持ってるレインコートの紐をいじりながら、
「……われわれのところじゃ、まだ大人がほんとに子供の育てかたを知らないんだよ、お婆さん。ホントニ社会主義的な教育ってのはどんなもんだか――思うにお婆さんだって知らないだろ?」
「そりゃそうともさ――無学だもん」
「もう十年も待ってて見な。ソヴェトはよくなるよ」
「……大方、今は十六で赤坊を生む娘が十三で生むようにでもなるんだろう……」それっきり二人ともつぎ穂なく黙りこんでしまった。
 古びた窓ガラスは雨の滴に濡れ、外の樹の緑が濃くとけてその面に映っている。
 小声だが絶え間ない話し声と煙草の煙が室へ流れこんで、信吉はだんだん裁判所のベンチの上で落付いた気持になって来た。
 ――それにしても、入道奴、まだ来ねえんだろか。図々し
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