通の家と同じ建物だ。ただ玄関の上のところに一つ横看板がついている。それにソヴェトの国標、槌と鎌とのブッ違えを麦束で囲んだ標とソコリニチェスキー区第二人民裁判所という字が書いてある。
入った直ぐのところに、巡査がタッタ一人ブラブラ後手をくんで歩いていただけだ。
濡れた靴と襟を立てたレインコートのまんまで入って来る男連は、穢れた廊下の左右にいくつもある室のどれかへさっさと姿を消す。
信吉が、巡査に紙を見せて教えられた一つの室では、ちょうど休憩だ。
開けっぱなしたドアのまわりで多勢が喋りながら煙草をのんでる。室内の幾側にも並んだベンチ半数ばかりに男女がかけて、或る者は前と後とで頻りに話ししている。
信吉自身、今日はもう心配していない。宿の親爺グリーゼルが女から訴えられた。その証人に立てばいいんだそうだ。
けれど、こう見まわしたところ、みんな実にゆったりとしている。
尤も、ソヴェトの人民裁判所というのは、人殺しや放火犯は扱わない。つまり刑事裁判所ではない。民事裁判所なんだ。
前から五側目のベンチの端に信吉は腰をおろした。
すぐ隣に、薄い毛のショールを頭からかぶった労働者の女房
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