派手な緑色の帽子をかぶって折鞄をもった役人みたいな男だ。見ていると、白パンと黒パンをまぜて一斤半しか渡さない。コマ[#「コマ」に傍点]の色が信吉のと違う。茶色だ。
 誰でも二斤貰ってるんだろうと思っていた信吉は、それから注意して見ると、労働者らしくない体恰好の男女だけ、一斤半だ。ソヴェトだナ。体を使う者とそうでないものとは、ちゃんと区別してきめられているのだった。
 窮屈なりに、考えてら。
 信吉は、ちょっとわるくない心持になって、パンを食い食いブラリと先のコムナール(消費組合販売所)へよって見た。モスクワ市中で食糧品は野菜から魚肉類まで大抵コムナールで買うようになっているんだ。
 ところがこの頃ときたら、コムナールにはジャガ薯《いも》、玉ネギ、鰊ぐらいがあるっきりだ。
 見物がてらブラついていたんだが、信吉は急にパンをかむのをやめて一つの硝子箱へ鼻をおしつけた。
 米だぜ、こりゃ……!
「おい、ちょっと」
 順を待ち切れずに信吉は、若い男の売子を呼んだ。
「この米、なんぼ?」
「半キロ一ルーブリ三十五カペイキ――子供の手帖もってるかね?」
「子供の手帖?」
 バカにすんねえ。憚りなが
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