二
焼きたてのパンの熱気と押し合う人いきれで、三方棚に囲まれたパン販売店の中はムンムンしている。
信吉は煉瓦埃りのくっついたままのズボンで列の後にくっついて、辛棒づよく一歩ずつ動き、先ず勘定台で十二カペイキ払って受取の札を貰い、今度はパンをうけとるために続いてる列に立った。
のろのろ前進しながらむこうの往来を眺めると、石油販売店の前から、ズット歩道の角まで列がある。
よくよくものが足りねえんだなア。
まさかモスクワがこんなじゃあるまいと思ったが、ひどい有様だ。こんなに列に立って買うパンが而も制限されている。めいめい住宅管理部から手帖をわたされて、その一コマ[#「コマ」に傍点]が一人一日分だ。
肉も、石鹸も、布地も、砂糖から茶までそれぞれ日づけがきまっていて、その手帖から切ったコマ[#「コマ」に傍点]できまった分量だけ買うんだ。
金があったって、手帖なしには買えないんだ。
信吉のズッと前にいる婆さんは何枚コマ[#「コマ」に傍点]を持ってるのか、白い上っ被《ぱり》を着た女売子が両手で白パンをかかえては籠の中へ入れてやってる。ホイ、もう一本か。そう慾ばるない。
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