磨かせな、よ!」
「黒靴みがき! 黒靴みがき、十カペイキ!」
トントン、パタパタ、
トン、パタパタ。
商売道具の細長い刷毛《はけ》で赫っ毛のチビが台をたたいてる。後は日の照りつけるクレムリンの壁だ。鉄柵との間に狭い公園があって、青草が茂っている。
信吉は、大通りのこっち側で、煉瓦砕きをやっている。教会の取こわしで、屋根はブッコぬけて、壁だけがまだ残っている。壁に細かい薄色煉瓦をはめこんで、天使だの、獅子だのの模様がついていた。信吉が、左手はミットみたいに先の四角な帆布の袋へつっこんで、せっせと砕いている煉瓦屑の表にも、そういう模様がついている。
モスクワへついて十五日目の、天気のいい昼まえだ。
――……だがどうもわからねえ。
モスクワへ着くなり、西も東もわからない信吉はすっかり李の厄介になっちゃった。住居権のことから、職業紹介所、住むとこのことまでして貰った。そして三日目にもう職にありついて、いい塩梅にこうやって働いてるんだが――わからねえ。
ソヴェトは労働者の国だ。働くものの天下だ。アルハラの山奥で松太がそう云ったし、信吉もバラックのロシア労働者ののんびりした自信あり
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