うかと思うと信吉が窓から日本の十九倍もあるシベリアの広い耕地の果を指して、
「あれ、あげえな機械が動いてる、何だべ」
と叫んだ。
「どれ?」
「ほれ、近眼で駄目か?」
「ああ、トラクターだ。耕作機械だ。近頃ソヴェトじゃあれで耕して蒔くようになったんだ」
「ふーむ。何しろでけえ土地だもんなあ……」
シベリア黒土地方の春を突っきって走る浦塩《うらじお》モスクワ直通列車の、万国寝台車では、ジェネワの国際連盟へ出かける二人の日本人とカナダのソヴェト農業視察団がめいめいの車室でウイスキーをなめている。三等車の板の棚の上では、どういう目的でモスクワへ行くのかはっきりわからない知識的な朝鮮人と、漠然プロレタリアートの幸運にあこがれている日本の若者信吉とが、黒パンの屑を捏《こ》ねてポツポツ喋りながら、揺られておった。
(※[#ローマ数字「II」、1−13−22])[#「(II)」は縦中横]
一
ひとり。
ふたり。
さんにん。
よにん――
十から十三四ぐらいまでの男の子が鉄柵の前へ並び、小さい木の磨台をおっぴらいた両脚の間へ置いて靴磨きをやってる。
「小父さん、
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