、
「日本語うめえね。俺、ホントに日本人かと思った」
「……日本人じゃないか!」
縁無眼鏡は皮肉に薄笑いした。
「どこで言葉覚えたのけ? 東京かね?」
「ああ」
「勉強したのかね」
「うん」
「大学か?」
その男は黙って煙草ふかしていたが、低い声で、
「旅券もってるか?」
と信吉にきいた。信吉はドキッとした。こいつ――知ってやがんだべか、ズラかって来たのを。――
「……お前は持ってるのか」
「…………」
今度はその男が黙っていた。
日本人夫の旅券は一まとめにハゲ小林が持っていて勝手にさせないんだ。
「どっからだ?」
しばらくして対手が訊いた。
「――アルハラの奥だ」
「鉱山か?」
「林業だ」
パッと力を入れて吸殻をプラットホームの土へ投げつけ、縁無眼鏡は靴でそれを丹念に踏みけした。
縁無眼鏡の名は李と云った。
「じゃあ〔四字伏字〕と親類ぶんだハハハハ」
汽車が動いてる間でも、信吉の場席へブラリと李がやって来るようになった。
「ホ。ホ。これだけの石油がウラルから来るようになったんだなア」
引こみ線に止っているタンク型の石油運搬貨車を見て李がひとりで感服することがある。そ
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