―ずっと北の雄基《ゆうき》の先だ……じゃ、また」
 スタスタ自分の乗っている車の方へ行ってしまった。
「ヤ」
 遅ればせに声を出したっぱなしで、汽車が動き出しても信吉は、ボンヤリしていた。――鮮人かい!……内地で鮮人と云えば、土方か飴売りしかないもんと思ってる。自分はそれよりひどい暮しをしている内地人だって、〔十四字伏字〕。
 震災[#「震災」に「×」の傍記]のとき、何でえ、〔八字伏字〕! 〔四字伏字〕! ハッハッハと新井の伯父は裏の藪で竹槍[#「竹槍」に「×」の傍記]の先を油の中で煮ていた。〔十九字伏字〕。だが、大した罰をくったこともきかなかった。
 その鮮人に計らず信吉は自分の難儀を助けられたんだ。
 次の朝、建物の前へ赤い横旗を張りわたした小さいステーションへとまったとき、あっちからやって来る縁無眼鏡の姿を見ると、信吉は何だか気がさした。
 けれども、対手は一向頓着ない風だ。
「やあ」
とむこうから声をかけた。
「きのうは、ありがとうござんした」
「いや」
 手にもっていた新聞をひろげながら、
「今日はノボシビリスクだね、シベリアもあと半分だ」
 信吉の気がほぐれた。ぶっきら棒に
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